【パチ・スロクロス】パチンコ・パチスロ解析情報

2022年07月17日

昔のパチンコ屋の寮の話し

こんにちは。ツケマイてんちょ~です。

 

先週の続きですが、業界人、特に店舗側のスタッフの質が向上したのは店舗の上に寮がある、と言う時代から脱却したからだと私は思います。それは何故かと言えば皆さんの想像通りで、いろんな人が寝床を求めてパチンコ店に働きに来ていたからです。今日は私が経験した人達に触れて行こうと思います。まずその前に私は大学生時代からパチンコ店で働き、芸は身を助ける!では無いですが麻雀をそこそこ打てたことにより、店長と麻雀を打つようになり、その流れでm通っても30分程度だったのですが、麻雀明けに寝られるように寮の部屋を借りたのでした。そんな寮はお店の上にありまして、個室ではありますが風呂・トイレ・洗面台は共同という形でした。まず初めて泊った夜に驚いたのが夜中にトイレで目覚めた時です。

 

トイレに行き、用を足して戻る時、班長の部屋が開き、何故か金髪の外国人が出てきました。翌日班長に話を聞くと、「〇〇さん、時代はロシアっすよ、ロシア」なんて言ってました。私より年下の班長でしたので19歳か20歳だったと思います。寮に入れば色々なものも見てくるし、いろいろなトラブルも起きます。残念ながら一番多いのが盗難です。摘発したこともあれば、朝、シャワーを浴びに行った時に、どうせ15分程度だからと施錠しなかった為に財布のお金をやられました。その頃は寮長をやっていたので即時全部屋の寮点検を行ったのですが財布のお金は出てきませんでした。摘発した時は留学生の子が(その頃は留学生も働いていたんですよね)休憩時間で部屋に戻ると、その日休みのスタッフが部屋を物色している現場に遭遇!なんてパターンでした。もう嫌になるくらい盗難系は多かったですね。自分の身は自分で守る、と言うのを学びました(笑)

 

面白い人としては面接したカップル。「カップルで入寮したいのですが?」と言う事で電話で応募を受けて面接したのですが、来たのがマッスル北村級のマッチョとジャニーズ系の二人の男性……。私が「カップルでのご応募と伺っていますが、お連れ様は?」と聞くと、マッチョのほうが「こいつだけどなんか問題あるのかよ!」って…問題発言をしない様に言葉を選びながら面接。どうにか断る口実は無いかと色々話をしていると、「寮費無料はわかったんですけど駐車場は用意していないんですか?」なんて質問をされたのでここぞとばかりに「いやぁ、駐車場は無いんですよ、残念ですねぇ、本当に申し訳ないですが、ご縁が無かったと言う事で」なんて半ば強引に面接を終らせて帰ってもらいました。当然一緒に働いていても様々な事件は起こります。先ほど触れた班長が朝の開店時間前の作業で手順が違う事をアルバイトに指導していました。そうしたらそのアルバイトが居なくなったと思ったら、数分後には包丁を持って班長を追いかけまわし、店を出て路上でも包丁を振り回して追いかけていました。当然その後は警察に突き出され、どうなったかまではわかりませんが。

 

他にも当時は賄いの食事が付いていて、食堂が併設されていたのですがこの食堂のおばちゃんにも休みがあります。食堂のおばちゃんが休みの日には社員には2千円(2食分なので)、アルバイトには千円が現金支給されていました。現役慶応大学生のアルバイトスタッフが入社初日、ちょうど食堂が休みの日で、出勤後30分経過して最初の休憩時間と言うときに私は「食堂休みだから、今日の食事代」と言って千円渡しました。しかしそれが彼との最後の会話になりました(笑) 休憩時間が終わっても戻ってこないので、休憩室を見に行くと、なんと制服がきれいに折りたたまれて「お世話になりました」と置き手紙まで置いてありました。現役慶応大学生、勤務時間30分でトンコです。主任時代には年上の社員も居ましたが、その中の1人なんかは仕事中にお客様用に流している競馬中継を見てガッツポーズ! そして「競馬当たったんで、今日で退職します。」なんて言って本当にその日に寮から出て行ってしまいました。引っ越し、というほどの荷物も無く、ボストンバック一つで入寮した人でしたから出ていくときも身軽でしたね。百数十万の払い戻しだったらしいけど、それで即日仕事を辞めるというのも今では考えられない事ですね。

 

他にも面接して採用し、「明日早番から出勤ね」と寮の部屋に案内したのに翌日朝出勤せず。部屋を見に行くと既にもぬけの殻って奴で、たかだか1泊するためだけにパチンコ店の面接を受けたみたいでした。それでも一番衝撃的だったのは、以前一緒に働いていた上司が退職し、連絡も取って居なかったのですが、ある日パチンコで遊んだ帰りに段ボールを集めているホームレスに遭遇、なんとそのホームレスが元上司でした。お互いびっくりして居酒屋で私は食事をご馳走し、少しばかりのお金を持たせて別れましたが、やはりパチンコ店一筋だとなかなか次の仕事が見つからないみたいです。私も他人ごとではない年齢になってしまいました。この上司には後日談があり、数か月後にパチンコを打ちに行くと偶然店内でまた遭遇しましたが、今回は身なりも整っていました。派遣スタッフの仕事をして、きちんと家に住んでいるとの事でした。

 

こうやってほんの少しのエピソードに触れてもパチンコ店に寮がある時代ってのはお店側も働く側も今とは全く感覚が違い、信じられないような事があたりまえだったなぁと改めて思います。よく、所轄の人に頼まれて寮の一部屋を貸していましたが、それはそこの部屋から見える共産党の事務所を見張るためだと後で知ったり、とにかく色々ありました(笑) そこから借り上げ寮が主流になっていくのですが、それでもまだ最初のころは蒲田某店(現存するので名前は控えます)のマンション寮に住んでいた人の話しでは、退職日の勤務が終わり部屋に戻ると、荷物が廊下に出されていて鍵が既に交換されていたそうです。働く側、働いてもらう側、双方が近代化(笑)するにつれて、店舗の上にある社員寮というものが無くなり、スタッフの質も上がっていったんだと思います。エピソードはまだまだあるのですが、終わらなくなるくらい莫大な量なのでこのくらいで(笑)

 

それではまた来週!

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