【パチ・スロクロス】パチンコ・パチスロ解析情報

2021年12月24日

俺とお前の14年 DISC4

順当にコラムが更新されていたとしたら、後2回。後2回で長らく続いた『空回りのパチスロシリーズ』もジエンド。

 

我ながらグダグダグダグダと書き連ねたものだね、本当に。

 

その間に4号機は終焉を迎え、ついには5号機さえも終焉を迎え、パチスロについて書き始めるきっかけとなったブログという文化も一時に比べれば下火となり、広告規制からの取材イベントを経て今では晒し屋と呼ばれる人々が台頭し、来年からは完全なる6号機時代へと。

 

これから先、パチスロはどうなるのか。

 

そんなものは誰にも分からない。が、今以上に加速していくのではないのかなと思っていることがある。

 

それは『ゲーム実況化』だ。

 

ゲーム実況。俺が初めてゲーム実況なるものを見たのは、我らがニコニコ動画の「青鬼」の絶叫実況だったと思う。そりゃ最初は思う訳よ。ゲームは自分でやるからこそ楽しいのだろって。特にRPGなんて、自分でやるからこそLV上げも楽しいわけじゃん。

 

でも実際に視聴し始めると面白いのよ。

 

子どもの頃から慣れ親しんできたゲームという題材。高校生ぐらいからはひとりでやる事が多くなっていたけど、小学生の頃はファミコン自体が家にはなかった。何故かマイコンの走りともいえるMSXはあったがファミコンはなかった。おそらくMSXは親の教育方針だったのかもね、これからの時代はPCが必要になると。

 

ブロック崩しぐらいはプログラミングした気もするが、基本的には「高橋名人の冒険島」やら「ツインビー」をやっていたような。ま、これも姉がプレイしているのを見ていただけかも知れないが。(現スクエニのアニマルランド殺人事件は名作)

 

さて時代はドラクエ3が発売された頃だったか。

 

ランドセルを背負い、たいして仲良くもない(当時で言うところの裕福な家)に上がり込んで、お前は戦士。お前は魔法使い。やだ、魔法使いなんてジジイじゃん。などというやり取りを繰り返しながら、今では信じられないことにみんなで少しずつRPGを進めて、それに熱中していた。

 

ドラクエが面白いというのもあったのだろうけど、多分みんなで一つの目標を持って「冒険」をするという経験が楽しかったのだと思う。勉強ができずとも、足が遅かろうとも、ゲームの前では誰もが冒険者になれて、誰もが平等だった。

 

だから、ゲームの所有者が勝手に船を手に入れた時とかガチ喧嘩したもん。結局、ゲームクリアは見ていないんじゃないかな。ま子どもの思い出なんてそんなもんですよ。

 

でも、みんなで遊ぶのは楽しかった。

 

共感力……とでもいうのかな、ゲーム実況にはそういった部分があるのだと思う。まるで友達のような、まるで小学生のような、まるで愛する隣人のような。

 

最後のひとりを目指すバトルロワイヤル形式のゲームだと起承転結がはっきりしているぶん、演者の素の部分が出やすく、そういった部分も相まって近年の人気に繋がっているのではないだろうか。

 

そう素だ。唐突な死、ラッキーパンチ、棚からボタ餅、神からの祝福。そういった時に生まれる素のリアクション。それによる共感力。。

 

ここまで書けば分かるだろ??

 

これパチスロも一緒だと思う。「女子大生が」とか「OLがとか」今伸びている動画によく見られるキーワード。解析や攻略という言葉の最先端がnoteに移行した今、所謂パチスロライターというものは二極化していくのかも知れない。

 

一つは本当に有意義な知識があり、それを動画でいかせる人。もしくは内規や法律に詳しく、それを説明できる専門家としてのライター。

 

あとはそれ以外。

 

大雑把すぎるが、例えばどこかのWEB媒体に属している人と自撮りカメラで液晶をとっている人との映像作品としての違い(例えば信頼性など)を一般の人は気にしないと思う。むしろ、自撮りカメラのほうが信頼されるかも知れない

 

つまり差がなくなると思う。ゲーム実況と同じく「やるものから見るもの」に変わっていくと、現役女子大生のフワフワタイムもWEB媒体の演者さんも、俺みたいなパチスロライターも全てが一緒になって、上記した専門的な知識を有する以外の「パチスロライター」というものの垣根は無くなると思う。(懐古系とかはコンテンツとして別)

 

すでに半分そうなっているのかもね。

 

これは悪いことばかりじゃない。組織に属さずとも個で戦え、組織も個と同じになる。個が増えすぎると組織になるから堂々巡りでもあるのだろうけど、ともかく誰でも演者になれるし著名人を一撃で葬ることだってできる。

 

俺がここでこうやって「文字」を書くキッカケともなったブログ。黎明期でギャンブルブログとして競馬も競輪もゴチャ混ぜだったあの頃に感じていたマスへの叛逆。マスへのアンチテーゼ。

 

少なくとも(当時の)俺のリアルには寄り添わなかった。俺のリアルに寄り添ったのはブログだった。そのブログもマスになり、新たな叛逆が生まれる。

 

打つものから見るものへ。見るものから見られるものへ。景品数から視聴数へ。そういった時代がくるのかも……知れない。

 

もしそうなるのなら、それに対してホールサイドもマネタイズ(動画撮影可を推しているホールもあったりはするけども)ができるといいのだけど、一部の打ち手(演者)が動画で潤うだけでは、「ホール」「メーカー」「打ち手」の全て三方良しとはならず、ホールだけが疲弊してしまう。

 

個の時代は加速するにせよ、アイドル店員も結局「個」であり「ホール」に繋がらない気がするんだよなぁ。何かパチスロを打ってもらう以外での収益があればいいのだけど、ホール経営ってマジで難しいと思うわ。自業自得の部分があるにせよ、結構な無理ゲーすぎて尊敬に値する。

 

でもさ。

 

ここまで書いておきながら何だけど「ゲーム実況」と「パチスロ」の大きな違いが一つある。結局、これが一番パチスロという文化をパチスロたらしめている部分なのかも知れない。

 

射倖心。

 

どんなに世の中が変わろうと、人の欲望に蓋はできない。それがある限り、ホールのネオンはきっと消えない。俺にとって何よりも心の休まる場所なんだ。

 

ホールのネオンはきっと消えない。そう信じたい。

 

CLOSED BGM

ネオンサイン / THE BLUE HEARTS

スポンサーリンク