【パチ・スロクロス】パチンコ・パチスロ解析情報

2021年07月21日

やり直し点を探してみる

先日、兼業スロッターの人と話す機会がありました。社会人らしい聡明な人で、このコロナ禍においての仕事の話や現在のパチスロの話など、とても面白い話が聞けました。

 

こういうときに毎回思うのですけれど、やはりちゃんとした世界の人は輝いていますね。夜であっても、まるで陽の光が射しているかのように光輝いている。これは、光の強さは違えどいわゆるパチンコ・パチスロライターの人たちにも、少し似たようなものを感じます。

 

それに対して、やはり我々には光が射していない。私あたりはパチプロの中でも「表」のほうの人間ですが、それでも陽光は私のところに届いていないと思います。それが良いか悪いかは別として、まぁパチプロってそういうものだよなぁと改めて感じた次第。

 

と、そんな強めの光を浴びて考えたのは、私がまだ「まとも」であった頃のことについて。果たしてどこまで遡ればいいのか……と自分でも悩んでしまうくらい、日の当たらないところを歩いてきたんだなと少し申し訳なく思ってしまいましたけど、まあ、大学生の頃ならほぼ間違いなくまともなはずですよね。ここまで遡ってやり直せば、もしかしたら私も社会に胸を張れる人間に……陽光の射す人間になれたのではないか。

 

 

……ということを、過去を振り返りつつ長々と記そうかと思いましたが、あまりにも長くなりそうなのでやめましょう。

 

結論から言いますと、多分「ちゃんと」した生き方を心がければ、少なくとも一度はまともな人間になれたのではないかとは思います。私とは確かに当時から既に飲んだくれの兆候は出ていましたし、アルバイトで生活費を稼ぎながらでは学業との同時進行が難しいと考えて、パチンコパチスロでお金を稼ぐことを既に始めていました。いましたが、パチンコパチスロで稼ぐことが楽しいと思いつつもどっぷりという感じではなかったですし、酒も……うん、こっちは分からんかな(おい)。ともあれ、当時の在住地域においてはそれなりな強さを発揮できるであろう学校でしたから、きっちりと望めば、それなりにきっちりと生きれば普通の社会人にはなれたのではないかな、と。まあ、とてつもない就職難の頃(いわゆる「氷河期」の最終期あたり)でもありましたので、絶対にそうとも限らないわけですけど、本当にやる気があったのなら、不可能なことではなかったかなと。

 

ただ、今振り返って思うと、仮にそうして生きてまともになったとて、なんとなくいずれ同じ地にたどり着いたような気もするのですよね。それがパチプロなのかは不明ですが、系統的に似たような地に。遺伝的な性質なのか、それとも環境的な要因なのか、おそらく私とはそうした、日陰を歩くべく定められた人間である気がするのです。何故そう思うかというのは難しいのですが……なんとなく、そう感じます。

 

まあ、多分これが良くなかったなというのが実はあって、私って「仕事」とか「就職」とか、そういった現代日本で生きていれば当たり前のように知っているはずのことを、あまり良く分かっていなかったのですね。田舎で産まれて田舎で育ち、周りの大人を見て生きてきて、それでもよく分かっていなかった。何しろ当時のウチのあたりというのはスーツを着て仕事をしている大人というのはほとんどいなくて、農家とか大工とか土建屋とか型枠とか、あとは自分で店をやっていたりで、そういう人しか見てこなかったので大学を出た人が何をやっているのかということをほとんど知らなかったのです。常識的に考えると色々おかしいような気もしますけど、まずウチの親父自身も似たような人でしたしね。「男一匹、何をやったって食っていける」みたいな発言はよく聞きましたし、自然と私もそんな考えになりましたね。

 

 

そんなわけで、まとめると遡れば多分普通の社会人にはなれそうだけども結局何かしらの日陰にいるだろうという結論。これを考えて記す意味はあったのか……と今更ながら思いましたが、この年齢まで来ると、少し考えたりしたくもなりまして。

 

とりあえず、最後にひとつだけ。上記のように日陰ばかりを生きてきた人間ですが、それでも私は今、生きるのが楽しいです。もちろん過去にも色々ありましたし、現在も何の問題もないとは言い難いですけれど、それでも生きるのが楽しい。今はご時世がご時世なので色々と制限なり不安なりもあったりするでしょうけれど、それでも私も皆様も、皆が皆楽しく生きられることを私は常に願っております。

 

 

とりとめない話でした。

それではまた~。

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