【パチ・スロクロス】パチンコ・パチスロ解析情報

2021年03月12日

僕とエヴァ

 

パチスロだけでも16機種だぜ??

 

やたらと販売されているイメージのある『北斗シリーズ』だって、4号機から数えても総勢15機種(無双を含む)程度なのだから5号機から販売された『エヴァンゲリオンシリーズ』の躍進劇といったら筆舌に尽くしがたい。

 

ちなみにシリーズ累計が一番多い機種は、おそらく『花火シリーズ』だと思う。『親方』『葉月ちゃん』『ビリー』といったスピンオフやスペック違い(30パイ含む)を含めると、パチスロだけでもゆうに20機種以上。

 

ただ、繰り返しにはなるがエヴァに関しては『5号機』からだからね。

 

つまりエヴァの歴史というのは5号機から現在への歴史そのものなのだ。

 

イロモノ扱いだった『初代エヴァンゲリオン』が販売されたのが2005年。16年っつたらお花畑を信じていた少女がパパ活に興味を覚え始める年齢だ。全く息の長いシリーズになったもんだ。

 

新劇場版の公開もやっと始まった事だし、今後もシリーズは発売されるのだろう。うん、正直それはそれで楽しみだ。

 

でも、あえて俺はこう言いたい。

 

エヴァにさよならをしよう、と。

 

 

写真フォルダの奥底に保存してあったスロエヴァの写真達。当時は今と同じように時代の変わり目で、その中で今後の生き方ってのを考える時期ではあった。スロにしがみつくのか、それとも。

 

結果として俺は『まごころ』や『2027』で専業の引退を決意した。(その後、また復活するがそこはまた別のお話)

 

もし、全く勝てなかったら逆にしがみついたかも知れない。なんせ負けず嫌いなもんでね。ただ、上記した2機種は普通に勝てた。訂正。普通以上に勝てた。勝てるという事が証明できればそれで……満足だったのかな。

 

この後に販売される『エヴァ約束の時』は仲間内での企画で一度打ったぐらいなもので、その後のシリーズも打ってはいるものの、そこまで刺さらなかったというのが正直な所。

 

『まごころ』では50:50に近かった単独と重複の割合が、作品を重ねるごとに重複割合(チャンスリプレイや逆押し主体のゲーム性)が上がっていた事も苦手だったし、あとは何よりも設定推測要素。

 

『魂の軌跡』あたりになると小役カウンターを置いていない人のほうが少なかったもん。それはそれでいいんだけどさ、何というか『メーカー』からの露骨な意図を感じる推測要素は冷める。

 

通称リンゴとも呼ばれる『EVANGELION』のエレベーター演出とかね。

 

 

やっぱり俺にとってのエヴァはこれなのよ。ま、これも『まごころ2』で打ち砕かれたわけだけども。

 

……着地点の見えないまま、スロエヴァについて書き始め未だに着地点は見えていない。そりゃそうだ、厳密に言うと俺が書きたいのは『エヴァ』についてなんだ。エヴァが放映された当時、高校生だった俺もいつの間にか40歳だ。

 

大人だと思っていたミサトさんや加持さんの年齢も超えてしまい、もはやゲンドウという有様。

 

25年たって少しは知恵もついたし少しは大人になったと思うけど、何が変わったかと言われると、全く変わっていないような気もする。あいも変わらず、あいかわらずな僕らだ。

 

シン・エヴァンゲリオン。

 

この作品において重要なのはネタバレや映像美云々ではなく、視聴している人、視聴した人の思い。人それぞれの環境であり歴史だ。『破』から『Q』における空白の14年。これはまるで俺らが、いや俺が共に過ごした25年だ。だから人によって捉え方が全然違う作品になっていると思う。

 

……映像作品には大きく二通りのパターンがある。

 

一つは『サザエさん』方式。ようはキャラクターが永遠に成長にしないってパターン。『島耕作』みたいなパターンもあるが、成長するってことは何かと決別するって事であり、その何かというのは物語からの決別、子ども時代への決別だ。

 

全ては繰り返す。『ドラえもん』や『クレヨンしんちゃん』の主人公は成長したらダメなのよ。だから成長が許されるのは基本的には劇場版のみ。

 

最初から完成されている『ルパン』シリーズだと成長はしていないからね。

 

もう一つは、期間が区切ってある物語。

 

これまた『島耕作』みたいなパターンもあるが(彼は転生もするし、戦国時代にも行っちゃうから)、時間軸が経過していき最終的な目的地が決まっているパターン。多いのは高校生モノだよね。だって卒業という終わりがあるんだもん。

 

だからこそカタルシスが生まれる。『けいおん』や『スラムダンク』ってさ。永遠じゃないから感動すると思うんだよ。

 

それを永遠にすると少年漫画で言うところのインフレが起こる。まエンタメとすればそれもアリかもしれないけど。

 

で、シン・エヴァだ。

 

主人公であるシンジは肉体的にも精神的にも成長できずにいる。そして、見ている個人(少なくとも俺)が望むものも25年前の続きだ。青春の終わりが見たい。

 

ただ、この作品は明確に時間が経過している。シンジと視聴者以外のキャラクターを置いてけぼりにして。

 

成長しないモノと成長するモノ。成長できなかったクリストファーロビン。

 

青春を学生時代の一時とするのならば、そんなものはとうの昔に終わっていて、終業のベルは鳴り響いている。それでも残像として残るあの日の出来事。大好きだった子に言えなかった言葉。つまらねぇ事で喧嘩別れしちまった親友。舞い落ちるサクラの花びら。

 

戻らない過去に対して記憶の奥底で残り続けるシコリ。

 

この歳になったからこそ思う。歳をとるってのと、大人になるってのはまた違う事だ。

 

心のシコリを抱え、成長しないキャラクターに青春の残像を追い求める僕らに対して、シン・エヴァは何を伝えてくれるのか。何を突き放してくれるのか。何が終わり何を始めてくれるのか。

 

でもやっぱり俺は大人になったんだと思う。

 

だってさ「まだまだぁ!!」とか「いっけっぇぇ!!」とかのセリフを聞いて、次の復活演出はこれだなって思っちゃたんだもん。いやマジでそんな発想を思っちまう俺自身が……

 

 

気持ち悪い。

 

CLOSED  BGM

One Last Kiss / 宇多田ヒカル

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