【パチ・スロクロス】パチンコ・パチスロ解析情報

2018年12月19日

昔話

少しだけ、昔話をします。

 

 

今から20年近く前のこと。現役で受験した大学に全落ちをかましてしまった当時の私は、高校を卒業した後に実家で隠遁生活を送っていました。

 

実家のあたりは都市部ではないので、大学浪人をするとなると大抵仙台市や新潟市など都市部の予備校に行くのですが、若かりし頃の私は今よりもさらにロクデモなかったこともあって、次兄を予備校に通わせていた過去があったのに「お前を予備校にはやらん。金がもったいない」と親父に宣言されており。まあ、それについては私自身でも自分がロクデモない自覚がありましたから当然と考えていましたし、そのロクデモない息子に「もう1回受けたいなら好きにしろ」と言ってくれた親父は、やはり優しかったのだと思います。

 

で、「家にいるなら手伝いをしろ」とも言われていて、それを受けて春頃こそ農業をしたり村の会合に代理として出席したりと忙しく動いていたものの、田植えが終わるとそんなに人手が必要な作業もなくなりまして。だったら勉強するのかと思いきや、やはりどうにもロクデモなかった私はパチ屋に通って、今ほどではないものの半ばパチプロ・スロプロのような生活をしていました。本来であれば家で地道に色々なことをすべきだったのでしょうけども、若く、そして極めてロクデモなかった私には、なかなかそれが出来なかったのです。友人たちと交流しようにも、進学志向のある者は高校を出たら家を出るのが基本の地域ゆえに、近々の友人はほぼ地元にいませんでしたしね。

 

 

そんなある時、一本の電話が実家に来ました。それは隣の隣のクラスの男の知り合いで、高校時代には話したこともあれば一緒に遊んだこともある、それでも「友人」と呼ぶには少し関係が遠いような、言うなれば私と彼は「友人の友人」のような間柄でした。共通の友人がいれば一緒に遊ぶけど、サシで何かはしない、そんな感じの関係で。お互い地元に残っているのを知らなくて、共通の友人からそれを聞いて、それで私に連絡をしてきたようでした。

 

その後に会って色々とやっていると、お互い思考や嗜好は違えど、なんだか妙にウマが合いましてね。どちらかと言えば考えるより先に行動する彼と、どちらかと言えば行動する前にまず考える私。違いは色々とあれど、まあ一緒に行動することは多かったですし、共感し、喧嘩もし、私にとっては流浪の一年間となった月日のほとんどを、彼と過ごしていたと思います。

 

彼はもとからパチンコをやっていたようですが、パチスロはやったことがない人間でして、彼にパチスロを教えたのは私なのですね。初めて一緒に打ったのは、今は無くなった地元市内の某店で、アイツは初代モンスターハウス、私は確かイプシロンだったかな。初めて打たせたのはイプだったかアステカだったか、それともワードラだったか。その頃の私は特に何も考えず、「パチスロも楽しいぜ~」的な感じで色々教えたような気がします。

 

そこから少し月日が経って、何の縁かは分かりませんが同じ大学の同じ学部学科を受験することになり、お互い無事、合格することとなりました。彼は家庭事情がやや複雑でしてね、合格発表を見に行けないというので私が代わりに見に行って、当時の私は携帯電話を持っていなかったので、大学前にある公衆電話から彼に電話をかけて、お互い喜びを爆発させたのは今でもすぐ思い出せるほどよく覚えていますね。

 

 

そこからまた月日が経って、学業とバイトにお互い忙しくありながらも、暇があったら連絡をとったり酒を飲んだりしていたのですが。あれは確か2年の中頃だったか、同じ大学にいた地元の友人に「アイツが人から金を借りまくっているらしい」という話を聞きまして。話の裏をとってアイツに問いただしてみると、それはどうやらパチスロと当時いた彼女に使っていたようでした。「馬鹿野郎」と叱り、とりあえず当座の金を私が貸して、今後の返済計画を考えさせて、まあ、若かったんですね。今の私なら、そこまでしないと思いますね、正直なところを言えば。

 

 

そこからまたまた月日が少し経って、あれは確か3年の前期の終わり頃。バイトを頑張るのだ、と言って学内で見なくなっていた彼が両親と一緒に大学に来ているのを見かけましてね。詳しく聞いたところ、どうやら借りていた金は個人だけでなく非合法な金融屋(いわゆる闇金)にもあったらしく、総額は約200万。それがついに両親にバレて、話し合いの結果それらは両親がどうにかするということになって、彼は大学を辞めて働きながらそれを両親に返すこととなったようでした。学内で最後に会ったときにその事実を語られ、私的にはまあ呆れるというかなんというか、私も相当ロクデモなかったわけですがちょっとタイプが違うので、こういう人間もいるんだなと、呆れつつある意味驚いたものでした。それでも、これでイチからやり直せるなら、良くはないんだろうけどもそれも悪くはないんじゃないかと、その時はそうも思ったものでした。

 

 

大学を中退した後は、彼は地元の本屋に勤めていて、そこは私が地元に帰省するときの高速バスが着くところにあったので、帰る度にそこに寄ったり、たまにその後に酒を飲んだり、何年かそんな感じだったと思います。彼が仕事を変えたり、私が大学を卒業したりと色々とありながらも、その間はお互い普通の生活でした。

 

 

そんな日々からしばらくした日のある夜、私のアパートのドアを突然叩く音がありました。開けてみると、そこにはそう簡単にはここまで来れない地元にいるはずの、アイツの姿がありました。「休みをもらったからちょっと来てみた」と彼が言い、「おう、それならせっかくだから飲み行くべ」と私が返したと思います。知っている店を飲むだけ飲み歩き、そろそろ夜が明けるかという頃合いで、「実は、また借金をしてしまったんだ」と消え入るような声で彼が言いました。

 

それを聞いた私は怒るというより呆れ、その件についての話を日が昇った後も聞きました。原因は女とパチスロ。金額は200万。原因も金額も前とほぼ完全に同じ。で、どうするのだ、と私が問うて「働いてこれから返していく」と彼は答えた、と覚えていますが、飲んでいたので記憶は曖昧です。とりあえずまあ飲んでけ、それで帰ってからちゃんとしろ、とは確か言った記憶があります。

 

 

昼近くまで飲んだのに、まだ私が寝ぼけているような頃合いに帰るよ、と言って、彼がアパートから出ていこうとしました。なんだよ、せっかく来たんだからもう少し居れや。今日も飲み行くべ。飲み代なんざ、そんな細けえこと気にすんなや。半分寝ぼけながらそう言った私に帰らなきゃ、ありがとう、と言って、彼はドアから出て行きました。なんとなく予想出来た方もいるかもですが、これが私が見た、彼の最後の姿でした。

 

 

その数日後、地元に帰る山の途中で、彼は遺体で発見されました。詳しい状況は葬儀の際に高校のときの担任の先生が教えてくれて、彼は車内で練炭自殺をしたようでした。その際に集まった彼の友人達の話を聞いてみると、何人かのところには私の家に来たときのように唐突に訪ねてきていたらしく、そして、どうやら最期に訪れたのが私のところだったようでした。

 

 

借金が原因で自殺したのだ、と言われ、私は「アイツは馬鹿野郎だ」と思いました。たかがそれっぽっちの金で、馬鹿野郎が。その時はそう思いました。でも、確かにそれも事実のひとつではあるのでしょうけども、今の私は少し違うと思っています。おそらく彼は、借金を親に解決してもらったのにまた借金をしてしまった、そんな自分に絶望したのでしょう。借金苦の自殺とは極めて多額の人よりも実は数百万程度の人のほうが多いと聞きますが、アイツはそんなタマじゃない。まあ、弱かったんでしょうね。いつもいつも強がっていましたけども、そういうところはなんとなくみんな分かっていたものでした。

 

悔やんだのか、と問われれば、悔やみました。最期に来たのが俺のところだった。ならば、もっと出来ることがあったんじゃないか。出来ることはなくとも聞いてやれることがあったんじゃないか。何か言えることがあったんじゃないか。もしかしたら、結果を変えることが出来たんじゃないか。悔やみましたが、答えは分からなかったですし、今でも実はよく分からないのです。やれることはあったとも思えば、あまりなかったような気もするし、なんとも、この辺は難しい話ですね。

 

 

この話は、パチスロは良くないとか、借金は悪だとか、ギャンブル依存だとか、そういう面の話をしたいわけではありません。今月は彼の命日がある月でしてね、こんな男がいて、こんなことがありました、というとりとめのない話を私がしたかっただけなのです。確かに借金が直に見える原因で、それのもととなったのが女性とパチスロなのかもはしれませんが、それはそれで、また別の話だと私は思っていますのでね。

 

 

ちなみに、家庭の事情で彼の墓は地元ではないちょっと変わった場所にありましてね。幸いというのも変な話ですが、たまたま私はそこを通ることがあるので、毎回ではないものの今でもたまに寄って、線香あげたり水ぶっかけたり酒開けてこっそり置いたりしています。何しろ昔もそうやって、一緒にこっそり煙あげたりこっそり飲んだりしていましたしね。

 

その度に、なんだか俺だけずいぶんと歳をとったなぁなんても思うのですけど、まあ死んだら多分お互いおんなじ感じになるのでしょう。それがいつになるのかは知りませんが、……でも近かったらそれはそれで嫌だなぁ。あの頃と結局変わらずロクデナシのままでした、なんて、いや、それもまたらしいといえばらしいのかな。そろそろそんなことを考える歳になったなんて、あまり思いたくありませんけどね。

 

 

今年も終わるという時期に湿っぽい話をしてしまいました。彼の分まで生きようなんて思ったこともないですし、そんな考えもさらさらありませんが、私は生きられるところまで生きていくつもりにしております。

 

 

ということで、また次週~。

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